AkaneBooks 本を読むための机
書評

読んだ本について、正直に書く

点数も星もつけません。誰に向くか、どこでつまずくか、どの版で読んだか。判断の材料になるのはこの三つだけだと考えているからです。

書評・二〇二六年八月更新・読み終えるまで約十分

読み終えた本が数冊積まれ、それぞれに一行だけ書かれた紙片が挟まっている机の上
読み終えた直後に書く一行。要約ではなく、面白かった場面か腹が立った箇所を一つ。ここに挙げた書評は、すべてその一行から育ちました。

この書評のきまり

書評という言葉は広く使われすぎていて、いまでは紹介文とほとんど区別がつきません。この机で書評と呼んでいるものが何であるかを、先に決めておきます。

  • 最後まで読んだ本だけを扱います。途中でやめた本については、やめたと書いたうえで、どこでやめたかだけを記します。
  • 点数と星はつけません。同じ点数でも、誰にでも勧められる本と、特定の読者にだけ強く効く本はまったく別のものだからです。
  • 誰に向くかを書きます。これが評価の中心です。向く読者を書ければ、向かない読者にも自動的に伝わります。
  • どこでつまずくかを書きます。文体、長さ、前提知識。挫折の原因はたいてい内容ではなく、この三つのどれかです。
  • どの版で読んだかを書きます。註と解説の厚さ、訳者、文庫版の加筆。版が違えば別の読書になります。
  • あらすじは最小限にします。筋を知りたい人は、読めば分かります。
01

小説

物語の棚から三冊。並びは時代順で、評価の順ではありません。

一九一四年

夏目漱石『こころ』

三部構成で、最後の三分の一が長い手紙になっています。高校で読まされた記憶しかない人が多い作品ですが、大人になってから読むと、誰にも言えない負い目についての小説として立ち上がります。

向く人。他人に打ち明けられない失敗を抱えたことがある人。つまずく点。前半の進みが遅く、二十歳前後で読むと退屈に感じます。版。各社の文庫で読めますが、註の量に差があるので書店で比べる価値があります。

三日・近代小説

二〇〇三年

小川洋子『博士の愛した数式』

記憶が八十分しかもたない数学者と、家政婦と、その息子の話です。二〇〇四年の第一回本屋大賞受賞作。数学が主題ですが、数式の知識は一切要りません。

向く人。静かな小説を探している人。読書を再開したい人。つまずく点。大きな事件が起きないので、展開の速い物語を求めていると物足りません。版。文庫で十分です。

三日・現代小説

二〇一六年

村田沙耶香『コンビニ人間』

二〇一六年の芥川賞受賞作。世の中の当たり前を当たり前だと思っていない人の目から書かれていて、読み終えたあと、自分が普段使っている「普通」という言葉が急に不安定になります。

向く人。短くて強い小説を読みたい人。翻訳で世界的に読まれた日本の小説を一冊試したい人。つまずく点。語り手に感情移入する読み方をすると、居心地が悪くなります。版。単行本と文庫で本文は同じです。

一晩・芥川賞

02

記録と考えかた

事実に取材した本と、方法について書かれた本から三冊。読み方の手引きは第二巻第三巻にあります。

一九六九年

石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』

水俣で起きたことを、患者の語りを軸に書いた本です。記録でありながら、文体そのものが主役になっている稀な一冊で、ノンフィクションと文学の境目を消してしまいます。

向く人。文章の強度で読みたい人。つまずく点。重い。疲れているときに開くと進みません。事実関係を整理しながら読みたい人には、語りの部分が掴みにくく感じられます。版。文庫に解説がついているものを勧めます。

数週間・記録文学

一九八六年から

沢木耕太郎『深夜特急』

香港からロンドンまで乗合バスで行く旅の記録です。若いときに読むと旅に出たくなり、年を重ねてから読むと、書き手が何を書かなかったかが見えてきます。

向く人。読書の筋力が落ちている時期の人。移動が構造を作ってくれるので進みます。つまずく点。三冊あるので、一冊目で判断してください。版。文庫で全三巻。

一週間・紀行

一九六九年

梅棹忠夫『知的生産の技術』

カードで情報を整理する方法について書かれた岩波新書です。出てくる道具はすべて古くなったのに、考え方だけがそのまま残っていて、いまも実用書として通用します。

向く人。本を読んだ内容が残らないと感じている人。つまずく点。道具の記述を字義どおり受け取ると古く見えます。方法の部分だけを読んでください。版。新書のまま。

一晩・新書

03

随筆と、絵で読む本

断片を拾う棚から三冊。どれも、どこから開いても構いません。

一九七八年

向田邦子『父の詫び状』

昭和の家庭の記憶を書いた随筆集です。一編が数頁で、読み終わると自分の家の記憶まで掘り返されます。この机がいちばん多くの人に渡してきた一冊です。

向く人。読書の習慣を取り戻したい人。枕元に置く本を探している人。つまずく点。昭和の生活の描写が前提になっているので、その手触りに馴染めないと入りにくいことがあります。版。文庫で十分。

数編ずつ・随筆

一九二五年

梶井基次郎『檸檬』

二十頁足らずの短編。何も起きないのに、書店の棚に檸檬をひとつ置いてくるという行為だけが忘れられなくなります。日本語の短編がどこまで密度を上げられるかの見本です。

向く人。時間がない人。近代文学に一度も触れていない人。つまずく点。筋を追う読み方をすると、何も起きないまま終わったように見えます。版。著作権が消滅しているので青空文庫でも読めます。

一時間・短編

二〇〇七年から

こうの史代『この世界の片隅に』

戦時下の広島と呉での生活を、日々の家事の描写を通して描いた漫画です。絵が柔らかいぶん、書かれている事実の重さが遅れてやってきます。

向く人。記録としての漫画を読みたい人。つまずく点。方言と当時の生活用語が多く、最初の数十頁は註を確かめながら進むことになります。版。単行本と、まとめた版の両方があります。判型が大きいほうが絵の情報を拾えます。

数日・漫画

04

点数をつけない理由

星の数は便利です。便利すぎて、いちばん大事な情報を落とします。

  • 同じ点数が別のものを指す。誰にでも勧められる本と、ある特定の読者にだけ強く効く本が、同じ四点に丸められます。後者のほうが、その読者にとっては人生の一冊になり得ます。
  • 平均が意味を持たない。百人が読んで五十人が絶賛し五十人が投げ出した本は、平均では凡作になります。実際には、その本は強い本です。
  • 書き手が保守的になる。点数を意識すると、外れの少ない本ばかり紹介するようになります。読者にとっての損失はそこにあります。
  • 代わりに書くこと。誰に向くか、どこでつまずくか、どの版で読んだか。この三つがあれば、読者は自分で点数をつけられます。判断の材料を渡すことと、判断そのものを渡すことは違います。

自分で書いてみる

書評は評論家のものではありません。読んだ本について何か書き残すという習慣は、読書の質を確実に上げます。長く書く必要はまったくないので、次の形で十分です。

  • 一行目。その本を一言でいうと何か。あらすじではなく、読者にとって何の本だったか。
  • 二行目。誰に向くか。具体的な人を一人思い浮かべて書くと、驚くほど的確になります。
  • 三行目。どこでつまずいたか。自分が止まりかけた場所を書くだけです。
  • 四行目。どの版で読んだか。文庫か単行本か、訳者は誰か。半年後の自分が必要とします。

四行です。読み終えた直後に書けば三分で終わります。この習慣については最初の一冊でも触れました。

よくある質問

なぜ点数や星をつけないのですか

点数は本の性質を消してしまうからです。同じ四点でも、誰にでも勧められる四点と、ある特定の読者にだけ強く効く四点はまったく別のものです。誰に向くかと、どこでつまずくかを書けば、読む側は自分で判断できます。判断の材料を渡すことと、判断そのものを渡すことは違います。

つまらなかった本のことは書かないのですか

書きます。ただし、つまらないとは書かず、どういう読者には向かないかを書きます。合わなかった理由のほとんどは、本の欠点ではなく読者との相性だからです。相性を説明すれば、その本に向いている人には届きます。明確に間違いのある本については、その誤りを具体的に指摘します。

版によって評価が変わることはありますか

あります。註と解説の厚さ、現代語訳の訳者、文庫化のときに加えられたあとがき。同じ書名でも版が違えば別の読書になるので、この机ではどの版で読んだかを必ず書きます。版と刷の違いについては初版第一刷の見分け方にまとめました。

新刊の書評は載せないのですか

読み終えたものから順に載せています。刊行の直後であることを優先していないだけで、新刊を避けているわけではありません。季節ごとの新しい動きは新着と季節にまとめています。