AkaneBooks 本を読むための机
作家案内

はばたく書き手たち

日本語でいま最も読まれている書き手の多くは女性です。樋口一葉から宇佐見りんまで、世代ごとに、その作家がいちばんよく分かる一冊を添えて並べました。

作家案内・二〇二六年八月更新・読み終えるまで約十一分

書店の棚に並ぶ現代日本の小説の単行本と文庫。帯に受賞を伝える文字が入った本が数冊前に出されている
受賞を伝える帯が並ぶ棚。二〇〇〇年代以降、芥川賞の受賞者は女性のほうが多い年も珍しくなくなりました。

なぜ一度、並べ直すのか

作品を読むうえで、書き手の性別に意味はありません。それでもこの一覧を作ったのは、日本の近代文学の紹介が長いあいだ男性作家を中心に組まれてきたからです。教科書も、文学史も、代表作の一覧も、その順序で作られてきました。

一度この括りで並べ直すと、読み落としていた作家がまとめて見つかります。目的は新しい棚を作ることではなく、既にある棚の偏りを直すことです。並べ終えたら、この括りは畳んで構いません。

世代でたどる
時期 主な書き手 この時期の特徴
明治から戦前 樋口一葉、与謝野晶子、林芙美子 職業として書くことが例外だった時期
戦後から昭和末 向田邦子ほか 放送や雑誌を経由して書き手になる道が開く
平成前期 吉本ばなな、宮部みゆき、桐野夏生、川上弘美、小川洋子 純文学と大衆文学の両方で中心に立つ
平成後期 角田光代、江國香織、三浦しをん、湊かなえ、恩田陸 書店員の投票による賞が新しい導線になる
現在 川上未映子、村田沙耶香、今村夏子、宇佐見りんほか 翻訳を通じて海外でも同時に読まれる
01

明治から昭和へ

書くことが職業として認められにくかった時期の書き手です。作品の外側にある事情を知らなくても読めますが、知っていると別の層が見えてきます。

起点

樋口一葉

『たけくらべ』は一八九五年から翌年にかけて発表されました。文語で書かれているので原文は骨が折れますが、現代語訳で読めば、遊郭の周辺で育つ子どもたちの短い季節が正面から入ってきます。二十四歳で亡くなり、二〇〇四年から五千円札の肖像になりました。

入口は『たけくらべ』

詩歌

与謝野晶子

歌集『みだれ髪』は一九〇一年。短歌という古い器に、身体と感情をそのまま入れた一冊です。長い散文が読めない時期でも、一首ずつなら開けます。『源氏物語』の現代語訳も手がけました。

入口は『みだれ髪』

記録

林芙美子

『放浪記』は一九三〇年。職を転々としながら書き続けた日々の記録で、小説と日記の境目にあります。生活の細部が容赦なく書かれていて、昭和初期の暮らしの資料としても読めます。

入口は『放浪記』

随筆

向田邦子

放送作家として長く仕事をし、随筆と小説で読者を得ました。『父の詫び状』一九七八年は一編が数頁の随筆集で、この一覧のなかでいちばん入りやすい本です。一九八〇年に直木賞を受け、その翌年に事故で亡くなりました。

入口は『父の詫び状』

日記

武田百合子

『富士日記』一九七七年。山荘での生活を十三年書き続けた日記です。買ったもの、食べたもの、天気だけなのに読み出すと止まりません。随筆と日記の棚については第四巻で扱いました。

入口は『富士日記』

記録文学

石牟礼道子

『苦海浄土 わが水俣病』一九六九年。患者の語りを軸に、水俣で起きたことを書いた本です。記録でありながら文学の強度を持ち、その後の書き手に広く影響しました。ノンフィクションの読み方は第二巻に。

入口は『苦海浄土』

02

平成の書き手

純文学と大衆文学の両方で中心に立った世代です。ここに挙げた本はすべて文庫で手に入り、古書でも安く出ています。

静けさ

小川洋子

『博士の愛した数式』二〇〇三年は、記憶が八十分しかもたない数学者と家政婦の話です。二〇〇四年に始まった本屋大賞の第一回受賞作でもあります。もっと静かで奇妙な作品を読みたければ、一九九〇年に芥川賞を受けた『妊娠カレンダー』へ。

まず一冊ならこれ

奇想

川上弘美

一九九六年に『蛇を踏む』で芥川賞。日常の描写のなかに、説明のないまま奇妙なものが混ざり込みます。読みやすさで選ぶなら『センセイの鞄』二〇〇一年から。

入口は『センセイの鞄』

越境

多和田葉子

一九九三年に『犬婿入り』で芥川賞。日本語とドイツ語の両方で書き続けている作家で、言語そのものを主題にした作品が多くあります。『献灯使』の英訳は二〇一八年に全米図書賞の翻訳文学部門を受けました。翻訳の話はこちら

入口は『犬婿入り』

犯罪小説

桐野夏生

『OUT』一九九七年で、深夜の弁当工場で働く女性たちを描きました。一九九九年には『柔らかな頬』で直木賞。読後に気分が晴れる作品ではありませんが、社会の底が見えます。

入口は『OUT』

長編

宮部みゆき

ミステリ、時代小説、ファンタジーを行き来する書き手です。一九九八年の『理由』で直木賞。長編が多いので、まず短編集か中編から入ると距離が測れます。

まず短編から

生活

角田光代

二〇〇五年に『対岸の彼女』で直木賞。働くこと、女性同士の関係、家族の面倒さを正面から書きます。二〇一七年から二〇二〇年にかけて刊行された『源氏物語』の現代語訳も、この人の仕事です。

入口は『対岸の彼女』

書店員の賞という導線

二〇〇四年に始まった本屋大賞は、全国の書店員の投票で決まります。読みやすさが選考の要素に入るため、読書を再開する人には有効な入口です。湊かなえ『告白』が二〇〇九年、三浦しをん『舟を編む』が二〇一二年に受賞しました。恩田陸『蜜蜂と遠雷』は二〇一七年に直木賞と本屋大賞の両方を受けています。

03

いま書いている人たち

受賞から数年以内の作家です。どれも短く、二晩あれば読み終わります。

  • 綿矢りさと金原ひとみ。二〇〇三年下半期の芥川賞を同時に受けました。綿矢は『蹴りたい背中』で、当時十九歳という史上最年少の受賞。金原は『蛇にピアス』で二十歳でした。二人ともその後も書き続けていて、初期作と近作を並べて読むと、二十年ぶんの変化がそのまま見えます。
  • 川上未映子。二〇〇七年下半期の芥川賞を『乳と卵』で受けました。大阪の言葉と、句読点の少ない長い文が特徴です。『ヘヴン』の英訳は二〇二二年に国際的な文学賞の最終候補に入りました。
  • 村田沙耶香。二〇一六年に『コンビニ人間』で芥川賞。世の中の当たり前を、当たり前だと思っていない人の目から書きます。翻訳されて海外でも広く読まれた一冊で、この一覧のなかではいちばん短い部類です。
  • 今村夏子。二〇一九年に『むらさきのスカートの女』で芥川賞。何気ない文章が続いているうちに、語り手の位置がだんだんおかしくなっていきます。読み終えたあと、もう一度冒頭を確かめたくなる作品です。
  • 津村記久子。二〇〇九年に『ポトスライムの舟』で芥川賞。働くことと生活の疲れを、深刻にせずに書ける稀な書き手です。
  • 宇佐見りん。二〇二〇年下半期の芥川賞を『推し、燃ゆ』で受けました。二十代前半での受賞で、いまの言葉のまま小説になっているという意味で、この一覧の最も新しい地点にあたります。

六冊の道筋

どこから入るか迷ったときの並びです。すべて文庫で手に入り、二か月で終わります。

  • 向田邦子『父の詫び状』。随筆から入ると、読書の習慣そのものが戻ります。
  • 小川洋子『博士の愛した数式』。静かで、読後感がよく、次を読みたくなります。
  • 村田沙耶香『コンビニ人間』。いまの小説の速度を知るための一冊。
  • 川上弘美『センセイの鞄』。日常と奇妙さが同居する文章に慣れます。
  • 角田光代『対岸の彼女』。生活と人間関係を正面から扱った長編へ。
  • 桐野夏生『OUT』。ここまで来たら、暗いほうへも行けます。

時代の流れとして小説全体を見渡したい場合は第一巻 小説を読む、所要時間で選びたい場合は夜ふけの一冊のほうが向いています。

よくある質問

日本の女性作家で、最初に読むならどれですか

小川洋子『博士の愛した数式』か、村田沙耶香『コンビニ人間』です。どちらも短く、文章に癖がなく、読み終えたあとに残るものが明確です。そこから好みの方向を決めて、静かなほうへ進むか、鋭いほうへ進むかを選んでください。随筆から入りたければ向田邦子が確実です。

芥川賞を受けた女性作家を年代順に知りたいのですが

近年に限っても、川上弘美、多和田葉子、綿矢りさ、金原ひとみ、川上未映子、津村記久子、村田沙耶香、今村夏子、宇佐見りんと続きます。二〇〇〇年代以降、芥川賞の受賞者は女性のほうが多い年も珍しくありません。受賞作はいずれも二百頁前後なので、年代順に読んでいくと、日本語の書かれ方の変化が二十年ぶん追えます。

女性作家という括りに意味はありますか

作品を読むうえでは意味がありません。ただ、日本の近代文学の紹介では長いあいだ男性作家が中心に置かれてきたため、この括りで一度並べ直すと、読み落としていた作家がまとめて見つかります。目的は棚を作ることではなく、偏りを修正することです。並べ終わったら、この括りは畳んで構いません。

翻訳されている作家から読むのは邪道ですか

まったく邪道ではありません。翻訳されている作品には、日本の事情を知らない読者にも通じるという条件がかかっているので、読みやすいことが多いのです。ただし、翻訳の棚は日本文学の代表作の一覧ではありません。その事情は日本の本が英語になるまでに書きました。