短い答え
近代小説に入るなら、漱石の『坊っちゃん』か芥川の短編からです。文体が軽く、現代語との距離が近い。代表作とされる長編から入ると、文体と長さの二つを同時に相手にすることになります。
日本語が変わった場所
日本の近代小説は、書き言葉が話し言葉に近づいたところから始まります。江戸までの文語では、人が普通に喋る調子を紙の上に載せられませんでした。二葉亭四迷が『浮雲』を書いたのは一八八七年から一八八九年にかけてで、この試みが言文一致と呼ばれます。同じころ坪内逍遥が『小説神髄』で、小説は人情を写すものだと説きました。
ここが起点である理由は単純です。文体が変わったから、書ける内容が変わった。人の迷いや気まずさを地の文で書けるようになったのは、この転換のあとです。
漱石と鴎外という二つの入口
明治の小説を代表する二人ですが、性格はまったく違います。どちらから入るかで、その後の読み方まで変わります。
| 夏目漱石 | 森鴎外 | |
|---|---|---|
| 最初に読むなら | 『坊っちゃん』一九〇六年 | 『高瀬舟』一九一六年 |
| 文体 | 話し言葉に近く、速い | 簡潔で硬い。無駄が一語もない |
| 主題の中心 | 近代人の孤独と、他人への疑い | 義務と個人、そして歴史 |
| 次に進むなら | 『三四郎』『それから』『門』 | 『山椒大夫』『阿部一族』 |
| 到達点 | 『こころ』一九一四年 | 『渋江抽斎』 |
漱石の『こころ』は一九一四年に朝日新聞に連載されました。いまも高校の教科書に入っているせいで、課題として読まされた記憶しかない人が多い作品です。二十年ぶりに読むと、まったく別の小説に見えます。教材として読むと構造の話になり、大人が読むと、誰にも言えない負い目の話になるからです。
私小説という日本の癖
大正から昭和にかけて、日本の文壇の中心には私小説がありました。作者自身の経験を素材にして、語り手と作者をほとんど重ねて書く形式です。志賀直哉の『城の崎にて』が一九一七年、長編の『暗夜行路』はその後十六年かけて書き継がれました。
この形式は海外の読者にはしばしば奇妙に映ります。作者の私生活を知らないと読めない小説が、なぜ文学の中心に置かれたのか。答えは、当時の日本語では、書いている自分から距離を取る技術がまだ育っていなかったからだと説明されます。読むときの作法は単純で、書かれた事実が本当かどうかを確かめないこと。読むべきなのは事実ではなく、その距離の取り方です。
戦後の三つの山
敗戦後の二十年に、日本の小説は三つの方向へ同時に伸びました。順番に読むより、いま自分の気分に近いものを選ぶほうが得です。
- 崩れていく個人。太宰治『斜陽』一九四七年、『人間失格』一九四八年。文体が異常に読みやすく、内容が異常に暗い。若い時期に読むと影響を受けすぎるので、順路としてはあとに回してもいい作家です。
- 作りこまれた形式。三島由紀夫『仮面の告白』一九四九年、『金閣寺』一九五六年。一文ごとに計算されていて、日本語の密度をここまで上げられるのかと驚きます。読み終わったあとしばらく、自分の文章が硬くなります。
- 状況そのものを書く。安部公房『砂の女』一九六二年、大江健三郎『個人的な体験』一九六四年。人物の内面ではなく、人が置かれた状況の構造を書く方向です。大江は一九九四年にノーベル文学賞を受けました。川端康成の一九六八年に続く二人目です。
この時期にはもうひとつ、遠藤周作『沈黙』一九六六年のように、信仰と歴史を正面から扱った小説の系統があります。第三の新人と呼ばれた作家たちの仕事で、戦後文学のなかでは静かな部類に入ります。
川端康成という例外
『伊豆の踊子』一九二六年、『雪国』は一九三五年から一九四七年にかけて断続的に発表されました。一九六八年に日本人として初めてノーベル文学賞を受けた作家です。翻訳を通じて世界に届いた最初の日本文学でもあり、その経緯は日本の本が英語になるまでで扱いました。
村上春樹以後、いまの小説へ
一九七九年の『風の歌を聴け』で村上春樹が群像新人文学賞を受けたとき、日本語の小説の文体はもう一度変わりました。翻訳調と言われた乾いた一人称は、いまでは日本語の標準的な選択肢のひとつになっています。一九八七年の『ノルウェイの森』以降、日本の小説は海外で最も読まれる存在になりました。
現在の小説を追いかけるなら、三つの賞を見るのが早道です。ただし賞は入口であって、序列ではありません。
| 賞 | 始まり | 選ぶ人 | 読者にとっての意味 |
|---|---|---|---|
| 芥川賞 | 一九三五年 | 作家による選考委員会 | 短く実験的な作品が多い。年二回 |
| 直木賞 | 一九三五年 | 作家による選考委員会 | 物語として完成した長編が多い。年二回 |
| 本屋大賞 | 二〇〇四年 | 全国の書店員の投票 | 読みやすさが選考基準に入る。年一回 |
近年の芥川賞受賞作をいくつか挙げれば性格が分かります。村田沙耶香『コンビニ人間』二〇一六年、又吉直樹『火花』二〇一五年、川上未映子『乳と卵』二〇〇七年下半期、平野啓一郎『日蝕』一九九八年。どれも二百ページ前後で、一晩から二晩で読めます。直木賞のほうは長編が中心で、朝井リョウ『何者』二〇一二年下半期のように、時代の空気を正面から書いた作品が入ります。
女性作家の系譜をまとめて追いたい場合は、はばたく書き手たちのほうが早く見渡せます。
読む順番の提案
歴史の順に読む必要はありません。次の順序が、いちばん脱落が少なかった並びです。
- 芥川龍之介の短編集を一冊。『羅生門』一九一五年、『鼻』一九一六年あたり。一編が短く、明治の文章への耐性がつきます。
- 漱石『坊っちゃん』。速く、笑えて、百年前の小説だと意識しません。
- 現代の芥川賞受賞作を一冊。いまの日本語で書かれた小説の水準を先に知っておくと、古典を読むときの基準ができます。
- 漱石『こころ』。ここで初めて、近代小説が何を書こうとしていたのかが分かります。
- 川端『雪国』か谷崎『細雪』。文体そのものを味わう段階です。
- 安部『砂の女』。物語の作り方が根本から違うことを確かめます。
読み進めるうちに、どの版で読むかが気になり始めます。文庫と単行本の違い、解説の有無、翻訳の版。そのあたりは本の言葉と全集と愛蔵版にまとめました。
よくある質問
日本の近代小説はどこから読み始めるべきですか
夏目漱石の『坊っちゃん』か、芥川龍之介の短編からです。どちらも文体が軽く、現代語との距離が近いので、明治の文章に慣れるための時間がほとんどかかりません。代表作とされる長編から入ると、文体と長さの二つを同時に相手にすることになり、挫折しやすくなります。どちらも著作権が消滅しているので、青空文庫で今夜そのまま試せます。
芥川賞と直木賞は何が違うのですか
どちらも一九三五年に創設され、年二回選ばれます。芥川賞は新人の純文学作品、直木賞は中堅作家の大衆文学作品を対象とすると説明されますが、実際の受賞作を並べると境目は曖昧です。読者にとっての違いは、芥川賞のほうが短く実験的な作品が多く、直木賞のほうが物語として完成した長編が多いという傾向くらいです。どちらも受賞作から入って構いません。
私小説とは何ですか
作者自身の経験を素材にして、語り手と作者をほとんど重ねて書く小説の形式です。大正から昭和にかけて日本の文壇の中心に置かれ、日本近代文学の特徴と言われてきました。読むときは、書かれた事実が本当かどうかを確かめないのが作法です。読むべきなのは事実ではなく、自分の経験から距離を取ろうとして取りきれない、その手つきのほうです。
古い小説は文体が難しくて読めません
難しいのは語彙ではなく、句読点の打ち方と一文の長さです。声に出して読むと、たいていは解決します。それでも駄目なら、その作家の短編から入るか、現代語訳のある古典に切り替えてください。無理に読み通した経験は、次の一冊への抵抗になるだけです。
文庫と単行本、どちらで読むべきですか
近代文学は文庫で構いません。安く、解説がつき、注も入っています。同じ作品でも版元によって注の量と解説の書き手が違うので、書店で二社の文庫を並べて、注の詳しさを比べるのが一番確実です。長く持つつもりなら、そこで初めて造本の話になります。